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  • 執筆者の写真Iori Imai

お金の事ばっかり考えている

企業PRビデオの撮影で鹿児島に向かうために、関西国際空港でツトム(27)とディレクターの武本(56)は時間を潰していた。 ツトムは今回、武本の助手とカメラマンを務める。 武本はツトムに台本を渡した。 内容はの鹿児島のU市とB社が連携し、通信機器を使い、町ぐるみで徘徊老人をパトロールしているというものだ。 注意書きに手書きで「徘徊老人役は現地にて確認」の赤文字。 予算のない仕事で役者に出演してもらう事はできないので、実際に現地の元気な老人に出てもらう話で進めていたが、元気な老人が徘徊老人役を嫌がりなかなか話が進んでいないと聞いていた。 ツトム「徘徊老人役、どうなるんですかね」 武本「わかれへんねん・・・絶対いるよなぁ〜」 出発時間の30分前にB社の向田(42)がやってきた。 今回の仕事のクライアントだ。 向田は着くなり「今回の映像、なんでやるかサッパリわかんないんですよー」と言った。 武本「徘徊老人ってまだ連絡ないですよね」 向田「どうせ無理だと思って向こうに頼まなかったんですよ、無くても大丈夫ですよ」 武本は「あはは」と笑った。 一行は飛行機で鹿児島に行き、レンタカーでU市に向かった。 U市に行く途中の道は、チェーン店と大型看板、田んぼといった地方ならではの景色が広がる。 「警備員日当 18000〜」の看板が目に留まった。 ツトムは、「俺の日当の2倍ある」と思った。 U市にあるB社の支店に到着した。 早速、撮影機材を運び、支店長のコメント撮影の準備に入る。 向田は支店長に会うなり「すいません、こんなのに時間を取らせちゃって」と言った。 そこの従業員達は、支店長の台詞を書いた大きな紙、いわゆるカンペを用意していた。 前日まで話す内容が決まらなくて、慣れないカンペ作りを徹夜で仕上げなんとか撮影ギリギリに間に合わせたという。 撮影が始まると、カメラの周りには従業員達が集まり、支店長の緊張した喋りをニヤニヤと見ている。 「そげん見られたら ちゃんと話せん」 支店長が言葉に詰まるたびに笑い声が起きた。 支店長の撮影は予定より1時間掛かって撮影が終了した。 その後、町の人とB社の人達が通信機器を使って連絡を取り合うというシーンやB社の通信機器の商品撮影、U市の自治会長のコメント撮影が行われた。 U市もB社の人も皆、協力的だった。 ただ徘徊老人のシーンだけ撮影していなかった。 武本は向田に「皆さん、協力的ですし、徘徊老人役を今募っちゃダメですか?」 向田「やめときましょうよ、面倒じゃないですか」 武本はツトムに機材を片付けるよう言った。 U市と、B社の人達が打ち上げを開いた。 会場に入ると一斉に武本を囲んだ。 「今日ははるばる大阪からありがとうございます」 「台本読ませてもらってワシら偉い感動しまして」 「僕らの取り組みを分かりやすくまとめて頂いて」 「私たちの活動ば、インターネットで発信して、知ってもらえるば、嬉しか」 「ワシの失敗した所、カットしてくださいや!」 皆んな目を輝かせて武本を見ている。 「これは、今日採れた地鶏」 「地元の場刺しです 食べて下さい」 「地酒も飲んでください、辛口で旨いですよ 飲んでください」 どれもこれも美味かった。 ツトムは酔っ払ったB社の従業員に話しかけられた。 「ウチの会社はいい会社だ、家から2時間かけて通勤しても全部交通費を払ってくれる、 毎日往復で5000円もかかんだよ、それを面倒見てくれんだよ いい会社だ」 ツトムは相槌を打ちながら、聞いていた。 相変わらず武本を囲んで盛り上がりを見せていた。 「武本さん、女の子の店いきましょうよ!」 誰かが言うと、やんややんやと盛り上がる。 退屈そうに飲んでいた向田が「じゃあ僕も行こうかなー」と言ったが誰も返事はしなかった。 「では、ここでお開きと言うことで、2次会行く方は行きましょー」 武本はツトムに「もうええで、帰りや」と言った。 ツトムはホッとして帰ろうとすると 幹事の男が 「カメラマンさん、5千円になります」 ツトムは「あぁ」と情けない声で五千円札を渡し「さっき話したオッサンの交通費以下のギャラや」と思った。 その後、武本とU市と、B社の人達は、近くのスナックに行き、ツトムは旅館の部屋に戻った。 ゆるい閃光とドーンという音がなり窓の向こうで花火大会が始まった。

ツトムは暇潰しにスマホで動画を見ていた。 その動画では男が自己啓発セミナーをしていた。 受講者は、若い整体師達だった。 整体師達は「何故、治療した患者がまた戻ってくるのか分からない」と話していた。 それに対して男は 「それは、もしあなた達が、患者を完治させていまえば、患者がいなくなる、 そうするとあなたの病院はお金儲けができなくなる。 だから、あなた達は上の人達に、ここまでは治療しなさいと、教えられ、実際そうする。 しかしあなた達は、患者を完治する術を知っている。 学んでいるはずだ。 でもできない。 何故か? 上司に楯突いたと思われる? 組織の為に動く。 そういう空気の中で生きている。 そして、そうした方が、あなたの収入は安定すると思い込んでいる。 それが洗脳されている状態なんです。 あなた達は、病院に勤務する前に持っていた志があったはずです。 患者の痛みを取り患者の幸せに貢献する、そうでしょ! あなた達本来の可能性を解放してください!」 男の言葉はツトムに響いた。 この男の話を聞いてみたいと思った。 ツトムは早速、男の名前を検索した。 すぐに男のホームページがあった。 受講料のページを見ると、5時間10万円をあった。 ツトムはそれを見て、ページを閉じた。 廊下から、武本の呻き声が聞こえた。 廊下に出ると、千鳥足の武本が壁にもたれて這いながら自分の部屋に向っていた。 「大丈夫ですか?」 「飲みすぎたー ブスばっかりやー」 武本は、倒れそうになりながら、部屋に入っていった。 部屋に戻ると花火大会も終わり静かな夜が流れていた。 数週間後、作品は完成し無事インターネットで配信された。 徘徊老人を見つけて家族に連絡するシーンが加えられていた。 試写を行った時に向田の上司が、徘徊老人のシーンがないのはおかしいと言い、再び撮影が行われたのだ。 武本と向田の間でどういうやりとりがあったかは知らない。 ツトムにギャラが振り込まれたのはそれから半年後の事だった。

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